それぞれの役割鈴木貫太郎の人生に思うこと編

どうもです。

木曜日から4日間、夏休みだってのに天候不順で、おもろくないのでブログ更新でもしてやりますよwww。

今回は、ちょっとマジな話でもしようかな。

最近、おっさんになってきたせいかな。

変なこと考えるようになってさwww。

みなさんどうですかね。

この世に生を受けてきたってことは、それぞれこの世に何らかの役割があって生まれてきてるのかな?

以前、魂ってのは永遠不滅で、何度も何度も輪廻転成を繰り返してその魂は磨かれていくってのを聞いたことがあるんだ。

それぞれ幾つもの過去世で様な体験をし、役割を果たしてきて、また輪廻して今この世に自分がいるんだって。

そして、役割を果たすと魂が磨かれて、NEXTステージへ進むんだ。

ということは、この世でも役割を果たしたら、魂が磨かれてあの世へ行くんだってことです。

また、どんな役割をするのか、どんな経験をするのか、どんな人生を歩むのか。

例えば、金持ちか貧乏か、デブなのか痩せてるのか、異性にモテるのかモテないのか、幸せか不幸か、向上するのか転落するのかという様なことは、予め生まれてくる前に決められているといいます。

決められているというよりも、自分で決めてから生まれてくるのだそうです。

んで、生まれてくる両親も自分で決めてくる。

だから

生んでくれなんて頼んだ覚えはない

なんて子供が親に言うのは間違っている。

実は、自分を無事に生んでくれって、親に頼んで生んでもらったってのが真実なのだそうです。

稀に、子供の内は前世を覚えてるっていう人がいるっていう話を聞いたことがあるけど、案外本当の話かもしれませんね。

私は、この話を聞いた時、ある一人の人物に思い当たった。

日本が終戦した当時、内閣総理大臣の職にあった

鈴木貫太郎

である。

みなさん知らないかな?

私は、尊敬している歴史上の人物を挙げろと言われると、迷わずこの鈴木貫太郎と答えていました。

鈴木貫太郎は、第42代内閣総理大臣として、大東亜戦争終結させた人物です。

彼は、1868年1月18日慶應3年12月24日、現在の大阪府堺市和泉国大鳥郡伏尾新田に関宿藩士で代官の鈴木由哲と妻きよのの長男として生まれる。

彼は、幼い頃から何度も死にそうな目に遭っている。

3歳の時、暴走してきた馬に蹴られ、家族全員貫太郎の死を覚悟したそうですが、何故か生き残った。

その後、冬に魚釣りをしていて凍った川に落ちた。

普通凍った川に落ちたら助からないのだが、ここでも生還しています。

海軍入隊後にも、海軍大尉として日清戦争に従軍した貫太郎は、魚雷艇の艇長として威海衛に停泊中の敵戦艦に魚雷を命中させている。

大きな武勲を挙げたその帰り、夜の航海中に海に転落するなどの事故に遭遇しているが、現代と違いサーチライトなんてものがなかった時代、行燈くらいしか明かりがなくて、夜の海に転落すれば、まず助からないとされていましたが、奇跡的に助かっていた。

さらに日露戦争では、中佐として駆逐隊指令として、バルチック艦隊の戦艦群に100mにまで肉薄して魚雷をぶち込み、ロシアの戦艦3隻、巡洋艦2隻を撃沈するという武勲を挙げます。

100mといえば、戦艦の主砲どころか機銃やライフル銃の弾も飛んでくる中で魚雷を放ち、そして生きて帰ってくるという離れ業をやってのけた。

貫太郎は、日清日露両戦役に従軍し、数の大功を立てた後、1923大正12年に海軍大将に進級し、連合艦隊司令長官軍令部長を歴任したのだが、1929昭和4年、海軍の侍従ではなく、宮中の侍従長に任命されてしまいます。

それまでやっていた軍令部長よりも席次でいうと、30位くらいのランクダウンになってしまう役職です。

普通なら断ってもいいようなものだが、彼はこの役を引き受けることにした。

侍従長とは、天皇のお傍で仕える名誉ある職であると考えたからだそうな。

侍従長天皇に仕えていたことで、陛下の信頼を受けることになったが、このことでまた、貫太郎に命の危機が迫ることになる。

二二六事件である。

貫太郎は、天皇のお傍で仕えているというだけで、青年将校たちから君側の奸呼ばわりされ、テロの標的となってしまったのだ。

昭和11年2月26日、近衛、第一両師団の青年将校たちが暴発し、首相官邸をはじめ、重臣たちの官邸や私邸、警視庁などを襲撃しました。

鈴木の官邸を襲ったのは、安藤輝三大尉が率いる、麻布歩兵第三連隊だ。

侍従長官邸に侵入した兵士らは、夫妻が寝室で寝ているところを発見した。

夫妻が起き上がると、すかさず下士官は兵に発砲を命じると、銃声が響き渡る。

その結果、貫太郎は左足付け根に3発、左胸、左頭部に各1発ずつの銃弾を撃ち込まれ昏倒した。

その間タカ夫人は、眉一つ動かさず、その場に正座していた。

そして血の海になった八畳間の寝室に、安藤大尉が到着する。

下士官の一人が中隊長殿、とどめをと言うと、安藤は軍刀を抜く。

するとそれまで黙って正座していたタカ夫人が凛とした声で言いました。

それだけはおやめなさい!

軍刀をかざした安藤の動きが止まります。

そして夫人は静かに言いました。

老人です。とどめは止めて下さい

どうしても必要というなら、わたくしが致します

安藤はうなづくと、軍刀を納め

鈴木貫太郎閣下に敬礼する!

全員気を付け!、捧げー銃つつ

と号令し、敬礼して引き上げていった。

反乱軍が出ていった後、貫太郎は自分で起き上がり

もう賊は逃げたかい()

と間延びした感じで言ったそうですが、言葉を発するごとに口から血が噴き出していた。

その後、日本医科大学病院に担ぎ込まれた貫太郎は、一時心肺停止に陥るなど死線を彷徨った。

医師たちの懸命な蘇生術にも拘らず、息を吹き返さない。

医師たちがご臨終ですと言った時、それまで黙って枕元にいたタカ夫人が一喝

あなた、起きなさい!

と言ったところ、奇跡的に息を吹き返したといいます。

この奥さん凄いっすwwwww!

また、貫太郎は77歳の高齢にして天皇陛下の全幅の信頼を得て、内閣総理大臣の大任を任され、大東亜戦争の幕を引くという大仕事を成し遂げるのである。

だが、最後の最後で、昭20年8月14日から終戦の8月15日にかけて発生した

日本のいちばん長い日

という映画にもなった宮城事件でも、貫太郎はテロの標的になっています。

だが、この人には日本を終戦に導くという天に定められた役割があった。

そして、鈴木貫太郎以外に、この大役を果たすことができる人物はいなかった。

鈴木内閣は、終戦の責任を取る形で8月17日総辞職し、その2年半後の1958昭和23年4月17日に亡くなりました。

享年80歳。

彼の人生は、日本の未来の為、その使命を成し遂げるために、この世に生を受け、何度も何度も死と隣り合わせて、それでもここまで生かされてきたのかと思わせるような壮絶なものでした。

鈴木貫太郎のような、歴史上の大きな事件にかかわった人ではなく、私のような小市民でも、それぞれが何らかの役割や使命、目標、経験、感動などをするために、この世に生を受けているのではないでしょうか?

そして、それが成し遂げられた時に人は死んでいくんだろう。

どうも、そんな気がするのです。

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